今日という日。

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昨日、友人家族の年賀状写真の撮影に
旦那といっしょに出掛けた後、
私はGALLERY963へ。

つくった服を最初に買ってくださり、
そのあとも、1枚1枚。。と
お子さんのパンツも合わせて買い足してくださっている方が、
写真展初日、時間を間違えて11時に来られた姿を見た途端、
ふっと緊張が緩んだ。

そうやって始まった初めての写真展は、
いつもお世話になっている、
カメラマンとして名を馳せておられる巨匠たちをはじめ、
(仕事を抜けて、来ていた旦那とともに、
 ドキドキしながら、写真を見てくださっている様子を見つめる、
 あの何とも言えない緊張感といったら、もうそれは・・)
手づくりの市でのYOU BOOKSさんのブースで、
古本を手にした方が、また本を求めて来てくださったり、
くるみ秋まつりで、撮影させてもらった親子さんや、
いつもお世話になっている方々にも駆けつけてもらい、

「見に来てくれるひとがいてよかったね」と
まだ終わってもないのに、旦那とそんな言葉を交わす。

旦那の撮った写真を見ながら、
「写真とは?」と考える。
写真展の準備をしている間も、ずっと考えてた。

写真ほど、見るひとの心に拠るものはない。
そのおもしろさとその深さ。
旦那は私のデザインや服づくりには口を出さないが、
旦那の撮影した写真を何らかの形にするときには、
2人で向き合ってきた。

そのことがひとつの形となった、今回の写真展。

この1年。
「丁寧な暮らし」が消費されることへの違和感を
今までにないほどに感じ、
自分自身のものづくりや、手づくりの市の運営と
どのように向き合って行けばいいのか、
ずっとずっと考え続けてきた。
続けていくことは、自分の心と矛盾はしていないかね?
いつもそんなことを思う。

私は、私の気持ちに矛盾のない仕事がしたい。
何かを諦めながら暮らすのは、
やっぱり嫌なので、
出来るだけ誠実に暮らしていくよう、心と身体を向けていたいと思う。

惰性でものづくりや市を続けることはしないが、
止めることも今はまだしない。

答えを探しながら、
考え続けていくという点と点がつながって、
後ろを振り返った時、1本の道になっていることを。
今はただ願うことしか出来ない。

写真展にすーっと伸びる百合を持って来てくれた友人?知人?
どんな言葉でいい表すのがふさわしいのか、
私にはよくわからないから、
今度本人に聞いてみよう。

そして、いつもありがとう、と
もう一度伝えたい。